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一月

歳旦祭
新年の元旦を迎え、神さまに新年のご挨拶を申し上げ、今年1年が安らかな年であるように祈るお祭り


元始祭
皇位の始まりをお祝いすると共に、皇統が永く久しく万歳であるように祈るお祭り

七草詣
旧薩摩藩に伝わる歳祝いのお祭りで、数え年7才の男女児が家族でお参りして、これまで無事に成長してきたことに感謝し、これからも健やかに成長してくれることを祈るお祭り《祈願祭》
当地方では、「七とこさん」とも呼ばれ、昔は1月7日に近所の家、7軒(ななところ)から「七草がゆ」をもらって回り、それを食すことにより災いを祓うことができると伝えられてます。

人日の節供
人日(じんじつ)の節供)」は、お正月の七草粥としてよく知られていますが、古く中国では正月7日に人を占うことからこのように呼ばれます。
昭和天皇祭遥拝式
武蔵野陵にて行われる昭和天皇祭を遥拝する行事です。


二月

節分祭
「立春」の前日、冬から春に移る季節の分れ目に「豆(魔を滅するに通じる)」を打って災いを退け、福を招き入れるためのお祭り


紀元祭
一般的には建国記念日として祝日ですが、戦前までは、初代神武天皇が即位した日、我が国が国家として成立したことを祝う「紀元節」と言われてきました。神武天皇即位の年から数える年号を「皇紀」といって、西暦に660年を加えると皇紀年がわかります。遥かな建国を偲びつつ、皇室の繁栄と国家の安泰を祈るお祭り

祈年祭
「としごいのまつり」ともいわれ、春の農耕の作業開始にあたり、その年の豊作・豊漁・産業繁栄を祈ります。秋の新嘗祭と対のお祭り



三月

上己の節供
現在は、ひな人形を飾り桃の花やヨモギ餅をお供えして、女の子の成長と健康をお祝いする行事ですが、昔、中国では3月初めの巳の日を「上巳(じょうし)」といって、当日に川で禊(みそぎ)をする風習がありました。日本では、田植えの前に田の神さまを迎えるため、人の形に紙を切り抜いた”ひとがた”で体をなでて穢(けがれ)を落とし、海や川に流すお祓いの行事でした。

春季皇霊祭遥拝式
皇居の皇霊殿にて行われる春の皇霊祭を遥拝する行事です。



四月

神武天皇祭遥拝式
現在は、ひな人形を飾り桃の花やヨモギ餅をお供えして、女の子の成長と健康をお祝いする行事ですが、昔、中国では3月初めの巳の日を「上巳(じょうし)」 といって、当日に川で禊(みそぎ)をする風習がありました。日本では、田植えの前に田の神さまを迎えるため、人の形に紙を切り抜いた”ひとがた”で体をな でて穢(けがれ)を落とし、海や川に流すお祓いの行事でした。

昭和祭
激動の日々を経て復興を遂げた昭和を顧み、昭和天皇のご聖徳を後世に伝えるためのお祭りです。



五月

端午の節供
「端午(たんご)」は月の初めの午の日を指し、午は五に通じるので5月5日に祝うことになったという。
鯉のぼりや兜を飾って男の子の成長と健康をお祝いします。
もともとは苗を植える役目の早乙女が体を清め田の神さまをまつる行事でしたが、魔除けのためにお供えする菖蒲(しょうぶ)の花と、尚武(しょうぶ)とをかけて武者人形を飾るなど、次第にこの日が男の子の節供として広まっていきました。


六月

夏越し大祓い
「水無月の夏越しの祓いする人は千歳の命延ぶというなり」という和歌にも詠まれ、半年間(1月から6月まで)の間に自分の身についた、目に見えない一切の災いを祓い清め、残りの半年をつつがなく健康に過ごすための祓いの行事です。


七月

七夕の節供
「七夕(しちせき)の節供」は、彦星と織姫が年に一度だけ、天の川に橋をかけて会うことを許された日という星祭りの言い伝えで親しまれています。
古くは、食物の成長を神さまに感謝する収穫祭と、お盆に祖先の御霊をお迎えする前に、棚機女(たなばたつめ)と呼ばれる娘が御霊の衣服を織り棚に供え、村のけがれを祓う行事でした。
そこに中国からの風習が入ってきて、笹竹に願いを書いた短冊を結びつけて祈る行事へと変化していったのです。

献燈祭(六月灯) ★おかげ祭り開催
旧薩摩藩領内に伝わる夏祭りで「六月灯(ろくがつどう)」と呼ばれ、子供たちが角灯籠に思い思いの絵を描いて神社に奉納します。
六月灯の由来については二説あり、島津家第19代藩主光久公が鹿児島の城山にあった上山寺新照院の観音堂の落慶の儀(旧暦6月18日)に大灯籠を寄進、家臣もこれにならって灯籠を寄進したことが始まりという説、また島津家初代忠久公の御命日が旧暦の6月18日で、島津家や家臣が供養の際、灯籠を灯したことから始まったという説もあり、両方とも旧暦6月18日は共通しています。
いずれにしても旧暦の6月頃は、人や家畜の病気や田畑の病害虫が発生しやすい時季なので、灯明をともして神に祈りを捧げるのが本来の目的だったようです。



八月

八坂神社例祭
天照皇大神の弟神(須佐之男命)をお祀りする兼務神社。例祭とは1年の中で最も大切なお祭りのことです。

祇園祭(おぎおん祭)
八坂神社の御祭神の弟神さまが年に1度、姉神さま(天照皇大神)に御機嫌伺いの御挨拶に行くお祭りで、御神幸祭(神さまが神輿に乗って町々を巡る)とも呼ばれ、初日は八坂神社を出発して神柱宮にて一泊し、翌日、名残りを惜しみつつ御自分のお社にお帰りになります。
御神幸に際しては、現存する「上町」「中町」の祇園山車(ぎおんやま)が神輿に追従し、お祭りに華を添え盛り上げます。


九月

創建縁日祭
萬壽3年(1026年)9月9日に太宰大監平季基によって、梅北益貫(梅北町)の旧鎮座地に創建奉斎された往時を偲びお祝いするお祭り

重陽の節供
縁起の良い陽数(奇数)の最大値である『九』が重なることから「重陽(ちょうよう)」と呼ばれ、”菊の宴”の別名もあり、長寿の花として大切にされてきた菊の花をお供えします。
宮中では菊の花びらを浮かべた菊酒をいただく節会が開かれ、民間でも被せ綿(きせわた)といって前夜に菊に綿をかぶせ、9日の朝に露で湿ったその綿で体を拭いて長寿を願う行事が行われました。

秋季皇霊祭遥拝式
皇居の皇霊殿で行われる秋の皇霊祭を遥拝する行事です。


十月

神嘗祭遥杯式
神嘗奉祝祭を行う前に、皇大神宮にて行われる神嘗祭を遥杯する行事です。

神嘗奉祝祭
天皇陛下が、その年に収穫された初穂を内宮と外宮(伊勢神宮)の神様に捧げて、五穀豊穣を感謝するお祭りが滞りなく行われたことをお祝いする祭り。

基柱神社大祭
当宮の創建者である平季基公と学問上達の神さまの菅原道真公の功績を称え末永い加護を祈るお祭り

都城前賢祭
都城の基礎を築き、この地方の繁栄発展に力を尽くされた池田貞記翁を始め35柱の功績を称えるためのお祭り

例大祭
神社が行う1年の中で最も重要な縁日大祭


十一月

秋まつり御神幸祭
御祭神の天照皇大神さまが年に1度、弟神さま(須佐之男命)の働き振りを視察に行くお祭りで、御神幸とは神さまが神輿に乗って町々を巡る意味です。初日は当宮を出発して八坂神社にて一泊し、翌日、弟神さまに叱咤激励をしつつ御自分のお社にお帰りになります。
御神幸に際しては、おかげ祭り振興会が「連」の構成に協力し、また吹奏楽連盟や幼保園児のブラスバンド演奏がお祭りに華を添えます。

七五三詣
3歳の男女・5歳の男子・7歳の女子が家族で神さまにお参りして、これまで無事に成長してきたことに感謝し、これからも健やかに成長してくれることを祈るお祭り《祈願祭》


新嘗祭
その年の新穀を神さまにお供えして、豊作・豊漁・産業繁栄に感謝するお祭りで、宮中や伊勢神宮をはじめ全国各地の神社で行われます。

春の祈年祭と対のお祭り


十二月

天長祭
一般的には天皇誕生日として祝日ですが、戦前までは「天長節」と言われていました。
日本の象徴である天皇陛下の誕生日をお祝いすると共に、皇室の繁栄と国家の安泰を祈るお祭り

年越大祓
大祓は年に2度(6月、12月)行われています。
昔から人は、知らず知らずのうちに罪や穢れを犯して、積もり積もってきていると考えられてきました。
年越祓は、7月から12月までの間の罪や穢れを神さまのお力によって祓い清めて、身も心も清々しく、新年を新たな気持ちでスタートするための祓いの行事です。

除夜祭
この年がつつがなく過ごせたことに感謝し、新しい年も幸せの多い良い年となるように祈るお祭り



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  • 厄年表 八方除け
  • かんばしら散歩
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